「親に恵まれない子ども」のうち、9割が施設に。「子どもを社会で育てる」ってそういうことなの?

児童虐待のニュースが相次いでいる。先日は、大阪府茨木市で3歳の長女を衰弱死させたとして、義父(22)と無職の母親(19)が殺人容疑で逮捕された。新潟県では、「娘が泣くのでうざい」と話していたという母親(24)が、3歳の長女を川に落とし殺害したとされる。母親は夫の暴力が原因で離婚し、長女と交際相手の男性と3人で暮らしていたようだ。

どれだけ社会が豊かになっても、こうした「分かりやすく壊れた家庭」が消えてなくなることはない。児童虐待の件数は、12年に過去最高を記録した。貧困が子育て世帯を直撃し、社会からの孤立を深める。最も弱い子どもにしわ寄せがいく。「子どもを育てる能力がない」と判断された親のもとを離れ、やむを得ず国の支援下で暮らす子どもたちは、日本に約4万人*1もいる。

11月20日に行われた、「「世界子どもの日」国連・子どもの権利条約 採択25周年記念シンポジウム~すべての赤ちゃんが「家庭」で育つ社会をめざして~」では、社会的養護施設の関係者などから、リアルな話を聞くことができた。その一部を紹介したい。

児童養護施設出身者がホームレスになる確率は、そうでない人の44~88倍」

国際基準では、3歳未満の子どもは例外なく、家庭環境のもとで育てられるべき」と定められている。子どもは家庭環境で育つ権利をもっており、施設への収容は「最終手段」、基本的には望ましくないものという考えだ。養子縁組などを通して、家庭に戻ることができれば、子どもにとって最も重要な「安定」が得られる。安定的な環境で育った子どもは、そうでない子どもと比べて発達上のメリットが大きいというのは、多くの研究が明らかにしてきたところでもある*2長野大学准教授で、児童精神科医の上鹿渡和宏氏は、「施設から家庭へと移るのは、早ければ早いほど良い」とする研究結果を示した。

極論を言えば、親に子を育てる力がない状態で生まれた子どもは、すぐに特別養子縁組へ……というのが理想的なパターンだが、日本では、こうしたマッチングの機会は非常に少ない。よって、親に恵まれない子どもの約9割が「施設」で育てられているのが現状だ。彼らは乳児院から児童養護施設へと移り、18歳で施設を出たあとは、いくばくかのお金を持たされて「後は自己責任で頑張ってね」となる。その結果が、児童養護施設出身者がホームレスになる確率は、そうでない人の44~88倍」という数字*3だ。

東京都で社会的養護を受ける子どものうち、高校まで卒業できるのは73%、その後、短大や大学、専門学校などに進めるのは、わずか15%である。一般的な家庭は半数以上が「大学・短大」に進むことを考えると、著しく低い。施設育ちの若者は、学歴や職業スキルのない状態で放り出され、職を転々とすることも少なくない。養子縁組の場合とは異なり、施設で育った若者は、多くの場合、頼るべき家族がいないからだ

施設で育っても、実の親にずっと「縛られている」

自身も児童養護施設の出身で、施設出身者の現状をドキュメンタリーで追ったMさんは語る。

「僕は、幼いころに母親が病死し、父親が育てられないというので施設に入りました。施設では、6畳ほどのスペースに、4人で住んでいました。保育士さんに育ててもらいましたが、皆すぐに辞めてしまう。『この人もいつかは辞めるのかな』と、心を開くことはできませんでした。でも、一緒に過ごした仲間は、兄弟よりも仲の良い関係です

Mさんはその後、10代半ばで実父との生活を再開した。一方、18歳で施設を出たかつての仲間たちは、

「職を転々としている人が多かった。性風俗で働く子もいましたし、牧場の寮で、住み込みで働いている子もいます。みんな、新しい生活を送りつつ、どこかで『親』の存在に縛られているなと感じました。害のある『実の親』に縛られるくらいなら、優しい里親に育ててもらった方がいいと思う」 

施設で育てられ、保育士たちが「親代わり」だったというMさんたち。十分な愛情が得られなかったケースもあるのか、施設を出た今も、どこかで「自分を(捨てた)親」の存在にこだわってしまうのだ。しかし、その願望が満たされる可能性は少ない。だったら最初から、自分を実子のように愛してくれる「里親に育ててもらう方がいい」と、Mさんは力を込めた。

「一緒に育った友達を否定したくない」

乳児院児童養護施設、自立援助ホームの環境は、今年問題になった日テレのドラマ「明日、ママがいない」で描かれたものが全くの嘘ともいえないほど、時に劣悪だ。Mさんも、「6畳ほどのスペースに4人で暮らしていた」という。子どもにとって「安定的な環境のもとで育つこと」は、大人が想像する以上に大切だが、親代わりとなる保育士らの入れ替わりは激しい。子どもたちにとって、それは「親がコロコロ変わること」に等しいだろう。

それでもMさんは、自分が育った「施設を否定したくはない」と言う。

自分が幼少期を過ごした環境を否定することは、そこで出会ったかけがえのない友達を否定することにつながる気がする。施設を全否定はできない」(Mさん)

赤ちゃんポスト」の前で立ち尽くす母親

「明日ママ」といえば、主人公につけられた「ポスト」というあだ名が問題になった。「赤ちゃんポスト」(正式名称は「こうのとりのゆりかご」)を運営する熊本の慈恵病院などが、「人権侵害のおそれがある」などと抗議していたのを覚えている人も多いだろう。シンポジウムでは、慈恵病院の相談役を務める田尻由貴子氏が講演。赤ちゃんポストの実態を、データで報告した。

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(写真:慈恵病院で相談役を務める田尻氏)

慈恵病院は、病床数98の小さな施設。2007年に「こうのとりのゆりかご」を設置してから14年3月までに、101件の利用があったという。全国から利用者が訪れており、病院がある熊本市からは8%にすぎない。ポストの前で立ちすくみ、助けを求めるかのような母親も少なくないそうだ。

「民間病院が対応できる数には限界がある」

病院の立場としては、「困った母親に手を差し伸べることが目的であり、赤ちゃんを預けるのは最終手段」。ゆりかごの横に、ナースステーションへと繋がるインターホンがあるのはもちろん、全国から24時間365日、電話相談を受け付けている。助産師や保健師の資格をもつ相談員が、女性からの「思わぬ妊娠」や「暴力による妊娠」、「今、破水したがどうすればいいか」といった緊急度の高い相談にも対応する。相談数は年々増加しており、7年間で合計5000件を越えた。

「この件数は、いち民間病院が対応できるキャパシティは、明らかに超えています。それでも困っている女性たちには、相談し『病院へ行けば助かる』と思ってほしい」(相談員の田尻氏)

相談の結果、「自分で育てる」と決意する女性も多い。が、どうしても育てられない場合は、特別養子縁組を勧めることもある。慈恵病院では、7年間で204人の養子縁組を実現した。

こうのとりのゆりかご」の実践からは、現代の若者の「性意識の低下」や「自己責任の欠如」などが見えてくる……と田尻氏はおっしゃっていたが、昔も今も、一定の割合で「性意識が低く、自己責任が欠如した若者」はいただろう。問題は、こうした若者たちから生まれた子どもを支える、社会的なインフラが圧倒的に足りないということだ

もちろん田尻氏も、「社会的育児支援」は問題であると語っていた。子どもを社会で育てるという点からいえば、慈恵病院による「24時間365日対応」の相談活動が果たす役割は大きい。貧困や暴力など、困難な環境で妊娠する女性が、いなくなることはない。そういう女性たちが、産んでから「どうしよう、産まなければよかった」となってしまわないよう、「産む前からの支援」が何より重要だと思う。今は相談機関が圧倒的に少ないし、困難な状況で、行政を頼ることのできる母親は少ない。

児童養護施設への「補助金」が、子どもを施設に閉じ込めている?

親に恵まれない子どもを、「施設ではなく、養子縁組で家庭へ」という動きは、なかなか進まない。その一因が、「施設への補助金」だ児童養護施設には、国から「子ども1人あたりいくら」という形で補助金が支払われる。預かった乳幼児を養子縁組に出すと「経営が立ちいかなくなる」施設もあるのだ。福祉関係者は、児童養護施設との関係維持も大切らしい。そういう事情があるために、施設に対して「子どもたちを養子縁組に出してください」とは言えないのだ。里親になりたい人たちのニーズを掘り起こす活動も後手に回る。

親が行方不明で「同意」が得られないから、養子には出せないケースも

施設から子どもを養子に出そうと思っても、上手くゆかないケースはまだある。民法では、特別養子縁組の際、「実親の同意」が必要と定めているが、福岡市こども総合相談センターの福田峰之氏によれば、親が行方不明になっている場合などは、同意を得ることが難しい

「とにかく、子どもが施設ではなく、家庭で育つことのメリットを広める必要がある。里親が失敗したケースなど、悪い例ばかり見る人が多い

と指摘するのは、里親養育を推進するNPO法人「キーアセット」の渡邉守氏。

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(里親支援の関係者などが集まり、ディスカッション)

そもそも「施設で育てること自体が虐待」とすらいえる現状もある。国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ」の報告書によると、施設では、10代後半の子どもでも1人部屋がないのは当たり前。プライバシーが確保されていない環境で、フラストレーションがたまり、感情のコントロールができなくなる子どももいる。大きな施設で起きるいじめや暴力に関して、子どもたちからの「苦情申し立て制度」はない。さらに、一般家庭であれば、家族との行動を通して自然と覚える「社会的なスキル」が身につかない子どもも多い。「電車の切符の買い方が分からない」「マクドナルドの注文の仕方が分からない」子どももいる。

千葉県で養育里親をつとめる吉成恵里子氏は、「もっと気負わず、里親を経験する人が増えてほしい」と訴えた。

養子縁組で、生後3ヶ月の赤ちゃんと対面して感じた「子どもがもつ力」

特別養子縁組を通して、現在1歳8ヶ月の娘を育てている女性は、次のように語る。

不妊治療の末、夫と話し合い、養子という選択肢を考えた。迷いはありましたが、何度も研修を受けて、意志が固まりました。この子と対面した時、とても強い『力』を感じたんです。子どもの持つ力は大きいと感じます。娘が大人になったら、本当のことを話そうと思う。そして、世の中には自分と同じ境遇の子がいるんだっていうことを、理解できる子になってほしい

 「社会で育てる」=支援のもと、家庭で育てるということ

そもそも「子どもを社会で育てる」とはどういうことか。里親支援の関係者や、慈恵病院の方々の話を聞いて感じたのは、「社会で育てる」といえば聞こえはいいが、そこまで立派な「社会」は、日本にはもう存在しないのではないかということだ。今、恵まれない子どもたちは、「社会=国が面倒を見る”」ということになっている。それはすなわち「施設」という、名ばかりの「社会」に閉じ込めることを意味する。施設で育った子どもたちは、「社会生活に必要なスキル」が身につかないために、職を転々とし、最終的に生活保護を受ける場合すらある。再び「国が面倒を見る」わけだ。これが本当に、「すべての子どもを社会で育てる」ということなのか?

一般的に、「子どもを社会で育てる」という場合の「社会」とは、「地域社会」のことだと思う。より狭義には「地域社会とつながった『家庭』で育てる」という意味だろう。まず家庭があって、家庭を包む地域社会があって初めて、子どもは社会性を身につけることができる。里親など「家庭養育」への支援策を充実させないまま、児童養護施設補助金を出し、閉鎖的な環境に子どもを集めておく育て方が、本当に「社会で育てる」ということなのだろうか。「子どもが育つ権利」を第一に考えるのであれば、答えは「家庭」というところに戻ってくるのではないかと思う。

【北条かやプロフィール】

86年、石川県金沢市生まれ。「BLOGOS」はじめ複数のメディアに、社会系・経済系の記事を寄稿する。同志社大学社会学部を出たのち、京都大学大学院文学研究科修士課程修了。会社員を経て、14年2月、星海社新書より『キャバ嬢の社会学』刊行。

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*1:13年10月1日現在。国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ」の資料「夢がもてない 日本における社会的養護下の子どもたち」による

*2:ネイサン・A・フォックス「重要なタイミング~乳幼児期の経験が脳と行動の発達に及ぼす影響についての考察~」子ども虐待防止世界会議、2014年9月発表など。

*3: ビッグイシュー「若者ホームレス白書」、「若年不安定就労・不安定居住者聞き取り調査」NPO法人釜ヶ崎支援機構より