「幼い子どもには、保護者の絶対的な愛情が必要」。だが、それは「母親が1人で育児を担うべき」ことと同義ではない

厚労省によると、2012年度に児童相談所が対応した児童虐待の件数は、6万6701件。2000年に「児童虐待防止法」ができる前の、実に5.7倍に増加しています。児童虐待に対する社会の認識が変わってきたということでもありますが、依然として、虐待で死亡する子供は増え続けています。こうした現状を考えようと、9月14日~17日にかけて、「子ども虐待防止世界会議 名古屋 2014」が開催されました。仕事で児童相談所の取材をして以来、この問題には関心があったので、早速、名古屋へ。初日の講演に参加してきました。

 「月経警察」などの政策が生み出した、「チャウシェスクの子供たち」

会議初日には、米国メリーランド大学教授のネイサン・A・フォックス教授が講演。児童虐待を知る人の間ではかなり有名、というか悪名高い事例、「チャウシェスクの子どもたち」についての、長期的な報告です。 

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  (写真:講演するネイサン・A・フォックス教授)

チャウシェスクの子どもたち」とは、何か。世界史で習った方もいるかもしれませんが、ルーマニアは60年代から80年代末にかけて、共産党チャウシェスクによる独裁政権下にありました。チャウシェスクは、国力を増強させるため、「産めよ殖やせよ」政策を強行します。具体的に何をしたかというと、まずは「メンストゥルアル・ポリス(月経警察)」なる組織を設立。政府の婦人科医が、子供を5人以上産んでいない女性を毎月検診して回ったそうです。さらに独身税(少子税)」を導入し、子供が4人以下の家庭には課税(!)、避妊と妊娠中絶を全面的に禁止するなど、少子化対策の極右にあるような政策を次々と実行します。

その結果、確かに、子供は増えました。しかし、ルーマニアの家庭が豊かになることはなく、子どもの面倒を見られない保護者が続出。チャウシェスク政権では、「それならお子さんを国に預けてください」ということで、大勢の子どもが国の施設で暮らすことになったのです。

1989年にチャウシェスク政権が崩壊した時、残ったのは10万人もの「遺棄された子どもたち」。劣悪な環境の施設に押し込められ、画一的な管理下で育った子どもたちには、その後、さまざまな発達上の「遅れ」が見られることとなります。

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(写真:ルーマニアの施設の様子を、写真で解説するフォックス教授。子どもたちは、規律に縛られ、暖かな触れ合いのない生活を強いられたという) 

施設で育った子どもに見る、発達の「遅れ」

フォックス教授が実施した「ブカレスト早期介入計画」は、この「チャウシェスクの子どもたち」について長期的に検証した、初めての無作為実験でした。研究チームは、子どもたちを1)施設に残るグループ、(2)施設に収容後、里親によって養育されたグループ、(3)始めから一般の家庭で育ったグループに分け、30ヶ月目、42ヶ月目、54ヶ月目、8年、12年目にそれぞれ追跡調査を実施したのです。

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(写真:PPTを見ながら「認知力の発達」について解説)

 やはりというべきか、幼い頃に施設に収容され、その後も施設から出ることのなかった子どもたちは、里親に育てられたグループと比べて明らかに「発達の遅れ」が見られるのでした。その差は、こうも「あからさま」か、と思うほど。たとえば、施設で生活している幼児には、IQや言語能力に大きな遅れが見られるのですが、月齢24ヶ月より前に施設から出て里親に預けられると、その遅れは緩和されるそうです。また、MRIを使った脳の調査では、施設養育歴のある子どもは、そうでない子どもと比べて、脳の神経細胞が極端に少ないことも判明。ただ、これもIQや言語能力と同様、一部は里親によるケアで改善の効果が見られるそうです。

養育者への「異常を伴う愛着」は31.6%

「育ててくれる人に、きちんと愛着を持てるかどうか」にも、明白な差がありました。施設で育った子どもたちは、養育者に対して「ある程度の差別化」や「ある程度の好意」をもつケースが合計55.8%、「愛着なし」が9.5%、見境なく愛着を示すなどの「異常を伴う愛着」が31.6%います。このような子どもは、始めから地域で育ったグループにはいませんでした。“愛着を形成できない”施設の子どもたちに、里親養育などの「介入効果」があるか調べたところ、里親に預けられる時期が早ければ早いほど、その効果は大きかったそうです。

ネグレクトされた子供たちの動画 

最も目を引いたのは、ルーマニアのある孤児院を撮影した、20秒ほどの動画です。スライドに映しだされた乳幼児たちの姿は、普段、子どもと触れ合う機会があまりない自分でもすぐ分かるほど、「異常」というか……ネグレクトされた子どもたちは、うろうろと歩きまわり、子ども同士のコミュニケーションが全くありません。言葉を発する様子もない。子どもたちの動きは、体を左右に揺らすなどの「反復」が多く、目はうつろでした。

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(写真:上映された動画のPPT画面日本財団HPより)

少子化対策において何より重視されるべきは、「子どもの人権」

「産めよ殖やせよ」を強引に推し進めたがゆえに、劣悪な国営施設に大量の孤児を収容することとなった、チャウシェスク政権の少子化対策政権の崩壊後は、ストリート・チルドレンが増え、今に至るまで貧困の連鎖が続いています。物質的な貧困も深刻ですが、子どもたちの「心の貧困」もまた、恵まれて育った人たちからは想像もできないほどの断絶を生じさせるものです。

もちろん、すべての施設が一概に、「子どもの発達に悪影響を及ぼす」とは言えません。紹介したルーマニアの国営施設は、特に劣悪なケースでしょう。が、養育の「質」はともかく、1人の子どもに対する養育者の「数」をみると、多くの養育施設の環境は、家庭に比べて十分とはいえない部分があります。

チャウシェスクの子どもたち」から、私たちが学ぶべきことは、少子化対策において何より重視されるべきは「子どもの人権」である、ということかもしれません(母体の保護や福祉の重要性は、その理念に漏れなく付随するものです)。うつろな目をして施設内を歩きまわる孤児たちの姿を見て、そんなことを思いました。

「すべての子どもは家庭で育つべき」VS「3歳児神話」

フォックス教授の研究によれば、施設でネグレクト状態に置かれた子どもたちも、里親の元で育てられることで、「発達の遅れ」を取り戻すことができるそうです。養育者との1対1の関係の中でこそ、子どもはきちんと発達できる。ネグレクトされた子どもたちが、里親に引き渡される時期は、早ければ早いほど、「脳」と「行動」の発達に良いとの結果が出ています。

国連子どもの権利条約」では、すべての子どもたちが、「その人格の完全なかつ調和のとれた発達のため、家庭環境の下で幸福、愛情及び理解のある雰囲気の中で成長すべき」と書いてあります。

これは、ややもすれば、母親を家庭に閉じ込める「3歳児神話」へと誤読されかねない理念のように思います。が、「3歳までの時期には、特に保護者の絶対的な愛情が必要」という、子どもの権利条約の理念と、「3歳までは実の母親が1人で育児を担うべき」という考え方は、似て非なるものです。

「里親」という選択肢

当たり前ではありますが、絶対的に弱い存在である子どもが、自己決定のできる大人になるまでには、長い時間がかかります。幼くて無力な時期に、不安定な状況に置かれることは、子どもにとって想像を絶する恐怖をもたらすのですね。情操面だけでなく様々な部分に、負の影響が出てしまう。フォックス教授が強調していたのは、「安定」という言葉でした。子どもがきちんと発達していくためには、永続的な「安定」が保障された環境を作ることが必要なのです。たとえば「里親制度」の充実は、子どもに永続的な安定を提供するための、ひとつの手段でしょう。

日本にも多くの「遺棄された子どもたち」がいるわけですが、厚労省のデータでは、日本の社会的養護は、施設が9割で里親は1割にすぎません。施設=悪とまではいえないものの、里親とのマッチングが進む欧米諸国と比べて、施設での育児に偏っているのが現状です。ただ、新潟や福岡では、里親への委託率が3割を超えるなど、自治体ごとにかなり差があるのも事実。子どもと里親のマッチングは、自治体の積極的な介入がないと進まないのでしょう。

もちろん、里親制度がすべて完璧かといえば、そんなこともないと思いますが、できるだけ早い時期に、多くの子どもが良い保護者に巡りあうチャンスを作ることは、積極的な福祉です。予算や人員が足りないなどの“言い訳”はいくらでもできますが、保護者を失った子どもたちにとって、何が一番大切なのか、答えは明白ではないでしょうか。

【北条かやプロフィール】

86年、石川県金沢市生まれ。「BLOGOS」はじめ複数のメディアに、社会系・経済系の記事を寄稿する。同志社大学社会学部を出たのち、京都大学大学院文学研究科修士課程修了。会社員を経て、14年2月、星海社新書より『キャバ嬢の社会学』刊行。

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