30年前の電通マンや企業トップの仕事術にみる「古くささ」と普遍性
今から45年も前のベストセラー、『知的生産の技術』(梅棹忠夫、岩波新書、1969年)。今さら私が言うのもナンですが、“これからはモノをつくる「物的生産」に対して、情報を生み出す「知的生産」の時代だ” との前提に基づく良著です。
この本がベストセラーになったことから、「実際の“知的生産者”の仕事術が知りたい!」というニーズに応えて、インタビュー集も発売されました。
『知的生産者の発想現場から』(NPO法人 知的生産の技術研究会編、1986年)
「社会にあふれる知」を単に消費するだけの人間(今で言えば著名人のブログを読むだけの人とか、FBでニュースをシェアして満足してるような人たちに当たるでしょうか)にとどまらず、知を生み出す「知的生産者」になるにはどうすればいいのか。それを実現した人たちの仕事術を具体的に聞いてみた!というもの。
当時の電通トップ社員、ワコールの宣伝部部長や西武百貨店の渋谷店店長など、クリエィティブな人たちにインタビューしています。自分が生まれた年に出た本なので、ちょっとタイムマシンに乗ったような気持ちです。
現在は60~80歳近くになる、当時の「知的生産者」*1たちがどんな未来を予想していたのか。インターネットなどない時代に、彼らがどんな情報収集をしていたのか知るには興味深い資料でした。
約30年前、情報の中心は「新聞」だった
取材を受けた13人の「知的生産者」のうち、ほぼ全員が「新聞はだいたい5~8誌(紙)読んでスクラップする」と答えています。回答があまりに似通っているので、驚いたほど。そんなに皆さん、新聞のスクラップとファイリングが好きなのか…!「部下にやらせている」という人もいましたが。
「新聞はウォール・ストリート・ジャーナル、ファイナンシャル・タイムズ、ジャパンタイムズ、ニューヨークタイムズ、それだけです。日本の新聞では、日経、朝日、サンケイ、日経産業、日経流通、日刊工業、業界新聞、生産性新聞などです」(それらをファイリングするのかと問われて)「自分でします。その場で切っちゃう。だから後の人が気の毒だね。雑誌も切っちゃう。切り抜きはたまったら、もう一度読み返します、電車の中なんかで。いらないと思うものは捨ててしまう」(ブリヂストン秘書室主査:大坪檀、当時50代)
「朝は、日経産業、日刊工業、日本工業、朝日、読売、日経だけ読んでいます。1時間くらいですから、特に大事な記事だけ読むことになります。あとは見出しをパッパッと読んで印をつけてスクラップにします」(野村総合研究所・技術調査部副部長:森谷正規、当時50代)
「新聞・雑誌はほとんど全部読んでる。週刊誌は全部読んでるね。新聞も朝日、毎日、読売、日経、日経産業、日経流通、電波、日刊工業の8誌。(中略)自分が読んで必要なところは自分でちぎるんです、ビリビリと。あとファイルしてもらいます」(アスキー副社長:西和彦、当時29歳)
忙しい中にも大量の新聞や雑誌を買って*2読み、スクラップ。それらを「定期的に“読み返し”、いらない情報は捨てていく、必要だと思うものだけ残す」というのが当時の知的生産者たちの共通点です。仕入れた情報はバラバラに放置せず、スクラップブックは1種類に統一するなど、皆さん何らかの形で「情報の整理整頓」を心がけていました。
30年後の今、「情報」は以前ほど高いお金をかけなくても、集めることができるようになりました(昔のように新聞8誌を購読していたら3900円×8=3万1200円です。それに加え週刊誌も買っていたら、かなりの金額。それに比べたら今のスマホ代なんて安いものです)。
そんな00年代を見通しているようで興味深かったのは、ワコールの宣伝部部長の発言です。
「情報について整理すると、①情報は無料でころがっている。②情報をできるだけためておく。③古くなったら捨ててしまう。そして④新しい情報と新しい情報、ないし、面白い情報と面白い情報とをつなぎ合わせると仮説が立てられる、ということです」
「情報をたくさん持っている、ということも大事だと思うんですが、それよりも大事なのは、仮説をいくつ立てられるか、立てているか、ということだと思います」「さらに仮説と仮説をつないでいくと、それが、ぼくは予知能力になるんやと思うんです。情報を整理していくというのは、そういうことだと思います。(中略) 企業でも、予知能力がなければ、新しいビジネス、新しい事業に入っていけないわけですから」(ワコール宣伝部部長:三田村和彦、当時40代)
ネットのニュース、スーパーの特売情報、週刊誌の中吊り広告、電車の中で見聞きする他人の会話…好奇心をもって眺めれば、すべてが「無料の情報」。それらを集めて組み合わせて、仮説をたてるというのはブログや論文、レポートを書く上でも同じですね……。
ただし、そのように仮説を立て、未来を「予知」する能力を獲得するためには、当然「直感力」というか動物的な勘が大切になるとは思いますが。 その勘を磨くためにはどうすればいいのでしょう。
結局は人と会う、これに尽きる
新聞・雑誌のスクラップに加えて、30年前の「知的生産者」たちが口をそろえていたのが、「とにかく人と会う」ことが発想の源になりますよ、ということ。
「会社が終わると会社や業界の人とだけつきあわないことを旨としています。なるべく様々なジャンルから、多くの人と会うようにしています」(西武百貨店渋谷店店長:水野誠一、当時30代)
「若い人には、(中略)外へ出て人と会ってこいと言ってます。人と接しなさいと。」「名刺なしで人と会えるようになりなさい。人と話ができるようになりなさい、と言っています」(ブリヂストン秘書室主査:大坪檀、当時50代)
「情報の根源は人ですから、人間関係に尽きますね。人間の情報ネットワークは相当ありますよ」(トゥデイ・アンド・トゥモロウ社長:村木良彦、当時50代)
知的な発想をするためには、できるだけ多くの「他者」と交流し、なまの刺激を受けることが必要なのでしょう。そうしているうちに、「勘」が磨かれる。
『知的生産者の発想現場から』では、「知的分野」に趣味を持つ人を2種類に分けています。
(1)知的分野への趣味が、趣味の段階でとどまっている人=知的“消費者”
(2)趣味が“知的商品”を生み出している人=知的“生産者”
(1)は、今で言うならネットの記事にコメントを書き込んで満足したり、大学教授の発言が「炎上」するのをエンターテイメントとして消費したり、アルファブロガーを叩いたりしているだけの人たち。
(2)は、知的な趣味をおカネに変えることができた人たちのことです。イメージするなら、ちきりん氏やライターの速水健朗氏、常見陽平氏、荻上チキ氏らのような存在(順不同)でしょうか。
30年前の知的生産者たちの情報源は新聞などの「大量の情報」と「人的ネットワーク」、これらを組み合わせて「勘」を磨き、クリエィティブな発想につなげる。勘を磨くには、また「大量の情報」と「人的ネットワーク」が必要……という円環がみえますね。
結局、情報と「人」かよ、「人」って要はコネクションじゃん。インタビューされていた13人の知的生産者たちの中には、互いに知り合いという人も多かったようで(ブリヂストンの大坪さんとワコールの三田村さんが繋がっていたり等)。
異業種のトップが交流しあい、日常的に「大衆」が知り得ないようなヒミツの情報を交換し合っていれば、そりゃあ「予知能力」も磨かれますわな……と悪態をつきそうになったところで、やはり自分はネットニュースに匿名で高慢ちきなコメントを残して満足するような「知的消費者」ではなく、少しでも新しい視点を提供する「知的生産者」になりたいと願うひとりの人間でして……これからも日々、情報収集と交換に精を出していこうと思います。
【北条かやプロフィール】
86年、石川県金沢市生まれ。「BLOGOS」はじめ複数のメディアに、社会系・経済系の記事を寄稿する。同志社大学社会学部を出たのち、京都大学大学院文学研究科修士課程修了。会社員を経て、14年2月、星海社新書より『キャバ嬢の社会学』刊行。
※Facebookアカウント持っていなくても見ることができます。