「女は家で育児が合理的」に対し、乙武氏の「両立支援で出生率向上」はどこまで有効か?
NHK経営委員で埼玉大名誉教授の長谷川三千子氏(67)の「女は家で育児が合理的」発言と、それに対する色んな人の意見を読みました。
1000年後に人口ゼロになる日本
長谷川氏いわく、日本はこのままいくと1000年後に「人口ゼロ」になるそうです。でも移民を海外から「調達」した日本は、もはや日本でなくなるからダメ。なので(あえてこういう言い方をしますが)"血統書付き" の日本人女性にたくさん子供を産んでもらうしかないそうです。
「日本の若い男女の大多数がしかるべき年齢のうちに結婚し、2、3人の子供を生み育てるようになれば、それで解決です」
100歩譲ってこの部分には賛同しても、
「女性の一番大切な仕事は子供を生み育てることなのだから、外に出てバリバリ働くよりもそちらを優先しよう。そして男性はちゃんと収入を得て妻子をやしなわねばならぬ…」
「(こうした)『性別役割分担』は哺乳動物の一員である人間にとって、きわめて自然なもの。妊娠、出産、育児は圧倒的に女性の方に負担がかかりますから、生活の糧をかせぐ仕事は男性が主役となるのが合理的です」
となると、きな臭い感じが漂ってきます。
ナチス・ドイツの優生学と「母体保護」
彼女の主張する、「女性は生物として子を産み育てることに専念すべし」との言説を見ると、かのナチス・ドイツの優生学や、その思想を受け継いだ戦後日本の「優生保護法」が「母体の保護」をうたい、母性を礼賛したことなども思い出されます。
また長谷川氏はあたかも「昨今のジェンダーフリー政策のおかげで少子化になった」と言いたげ(というか明確にそう仰っていますね…)ですが、少子化にハッキリとした要因はありません。ただひとつ確かなのは、都市化が進み、第三次産業の比率が高い社会ほど一般的に子供は生まれづらくなるということです。
少子化の要因は「ジェンダフリー」というより「都市化」が大きい
出生率の世界ランキングをみると、
順位 | 国名 | 合計特殊出生率 |
1 | ニジェール | 7.15 |
2 | アフガニスタン | 6.63 |
3 | 東ティモール | 6.53 |
4 | ソマリア | 6.4 |
5 | ウガンダ | 6.38 |
6 | チャド | 6.2 |
7 | コンゴ民主共和国 | 6.07 |
8 | ブルキナファソ | 5.94 |
9 | ザンビア | 5.87 |
10 | アンゴラ | 5.79 |
などとなっています。こうした国々では子供が貴重な労働力として期待されているため、また「乳幼児死亡率」が高いために、たくさん子供を産まねばならないのです。
日本でも都道府県別にみると、いちばん出生率が高いのは「沖縄」で1.9、次いで「宮崎」1.68、「鹿児島」1.64の順です(厚労省:都道府県別の合計特殊出生率より)。最も都市化が進んだ東京が出生率ワースト1位です。
都市化によって、基本的に「人々は豊かになる」(と考えられている)ため、これを否定することはできません。経済成長を目指すのであれば尚更です。
少子化対策の難しさは、「豊かな社会(都市化が進んだ第三次産業メインの社会)」と「出生率の高い社会(農村的な要素の強い社会)」の両立の難しさであるともいえます*1。
乙武氏「ワークライフバランスで出生率向上」は理解できるけれど
長谷川氏の意見に対し、乙武洋匡氏の反論に注目が集まっています。
「これからの私たちが目指すべきは、性別や障害の有無など、生まれついた環境や境遇によって生き方が定められることのない、成熟した社会ではないだろうか」(NHK長谷川経営委員の「女性は家で育児、男性は外で仕事」論に待った!)
「そうそう!」と膝を打ちたくなるような意見です。ただし次の部分には、よくある「スウェーデン信仰」の匂いを感じます。
「韓国やドイツ、イタリアなどの国々は、日本同様、現在も低い出生率に悩まされている。だが、フランスやイギリス、さらにはスウェーデンやデンマークといった北欧の国々は、かなり高い出生率を保っている。じつは、これらの国々も女性の社会進出にともなって出生率が低下してきた歴史がある」
(中略)
「出生率の低下に危機感を覚えたこれらの国は、まずは女性が働き、仕事によって自己実現を図ることのできる社会を肯定するところからスタートした。そして、託児保育施設の拡充、給付金や税制上の優遇、産休後の地位を保証するキャリア制度など、女性が仕事と育児を両立できる社会を再構築してきたのだ」
長谷川氏の「女は家で育児が合理的」よりは納得感があるものの、この意見には「ありがちな国際比較論」っぽさが漂います。
女性が「仕事と家庭を両立」すれば子供が生まれる?
乙武氏が言うように "女性が仕事と育児を両立できる社会では出生率が上がる"といった議論はよくあるものです。朝日新聞にも、次のような解説記事が載りました。
「北欧などでは役割分業ではなく、女性も男性も外で働きながら育児をしやすいよう支援して出生率が回復した。スウェーデンでは保育所などの支援が手厚く、父親の育児休業取得率が8割という調査結果もある。フランスは労働時間の短縮などで出生率回復に成功した」
(「女は家で育児が合理的」NHK経営委員コラムに波紋-朝日新聞デジタル ※全文は有料会員限定記事のようです…)
こうした「両立支援=少子化対策」との説には納得感もあり、「そうだよね、やっぱり出生率を上げるためには女性が生き生きと働くのが大切だよね!」という気もしてきます(「少子化:もう「福井モデル」の崇拝は止めませんか」でも触れました)。
しかし同時に先日、日経新聞が報じた「女性管理職登用、フィリピン1位」というニュースも思い出します(有料会員限定記事のようですが、以下に内容を抜粋・引用します)。
なぜフィリピンではダメなのか?
米マスターカードがアジア太平洋地域の14カ国・地域で「女性の社会進出度」を調べた結果、企業管理職の女性登用が突出して多いのはフィリピンだったそうです(同国の出生率は3.1)。2位はオーストラリア(同1.8)、3位はシンガポール(同1.2)でした*2。日本の女性の「社会進出度」は韓国と並び最下位。フィリピンでは、男性よりも女性の管理職の方が多いそうです。おまけに出生率も3.1と高い。
(フィリピンは)母系社会で、もともと女性の地位は高い。家族ぐるみで子育てをする習慣があり、日本のように保育園に子どもを入れられないため働けないということが少ないという。マレーシアも家族が支える文化があり、オーストラリアではベビーシッターが一般的な存在となっている。(中略)女性の登用具合は、子育て環境に左右されるところが大きいといえそうだ。
と結論づける日経新聞には、ややお茶を濁した感じがありました。なぜって少子化対策で、フィリピンをお手本にしようとは誰も言わないからです。女性の社会進出と高い出生率を同時に叶えているというのに…しかも同じアジアなのに…。
やはり、ある程度 「先進国」 でなくては参考にならないのでしょう。しかしながら、フィリピンをお手本にという「先進国と発展途上国を並べる議論」が無効なら、北欧やフランスをお手本にという「ヨーロッパ(しかも一部の国だけ)とアジアを並べる議論」も、繊細さに欠けるのではないか。
少子化対策に「北欧」を持ち上げるのは「縄文時代」礼賛と紙一重?
もちろん何らかのモデルケースがあることは重要だと思いますが、歴史や文化がまったく違う集団を称揚するだけの議論は、現代日本に特有の事情に目を向けないことにもつながります。「北欧礼賛」系の議論は、一歩間違えば「弥生時代は男も女も働いており出生率も高く…」とか、「いやいや縄文時代は男だけが狩りに出ており…」みたいな空想論と紙一重になってしまう可能性すらあるでしょう。
出生率を、人口再生産に必要といわれる2.08以上まで改善できた先進国はほぼなく、あったとしても日本とはあまりに "お国事情" が違いすぎる。トライアルアンドエラーが必要なのは確かです。
NHK経営委員の発言は、日本社会の変化に危機感を覚えたおエラいさんの断末魔的な「古き良き日本を取り戻せ」論だと思います。でも、それに反論する乙武氏や朝日新聞の「北欧やフランスを手本に、両立支援で出生率向上を」にも諸手を上げて賛成できないのは、どちらも「少子化対策を簡単に捉えすぎている」部分があるからなのでした*3。
「じゃあどうすればいいんだ」と言われそうですが、個人的に、ある程度の少子化は所与の現象として受け入れ、それに合わせた社会制度の設計が必要ではないかと思います。大前提として「少子化対策」のもとで個人の自由を抑圧するような社会では、子供が生まれなくても仕方がないとは思いますが。
【北条かやプロフィール】
86年、石川県金沢市生まれ。「BLOGOS」はじめ複数のメディアに、社会系・経済系の記事を寄稿する。同志社大学社会学部を出たのち、京都大学大学院文学研究科修士課程修了。会社員を経て、14年2月、星海社新書より『キャバ嬢の社会学』刊行。
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