少子化:もう「福井モデル」の崇拝は止めませんか
15日の日経新聞朝刊では、一面で「やればできる(1)輝くか福井モデル 」と題した特集を組んでいます*1。福井といえば共働き率、日本一。女性の就労率が高い割に、出生率も全国上位です。
「女性に働いて欲しい、かつ子供も産んで欲しい」という政府(や、それに賛同するマスコミなど)は「福井モデルこそ少子化を救う!」と持ち上げることが多かったのです*2。
電子版にも関連記事が載っています。おそらくは子育て中の記者が取材した内容で、興味深く読みました。長いので簡単にまとめると、福井県の女性は、
■「仕事をやめるなんて考えたこともない」
記者が知り合った母親たちは「子供が1歳ごろには復帰する。仕事をやめるなんて考えたこともない」と口をそろえた。
■「待機児童なんて聞いたことない」「送り迎えは祖父母に頼めるから残業も平気」
何とか保育所に子供を入れようと、役所や認可外保育所に頭を下げて回りるような都会の現実と比べ、記者はつくづくうらやましいと思った。
■三世代同居で若い母親も安心して仕事へ
福井ではほとんどの家族が共働きで三世代同居。大きな戸建てに住み、自動車も複数台持っている。多人数の大人が子育てに関与できる環境にあり、若い母親も安心して仕事に出られる。その結果、世帯収入も増え、貯蓄にも回せる。
■幸福度日本一
法政大学が算出した都道府県の幸福度ランキングでは2011年、福井が全国1位に。
(仕事も家庭も 福井の働く女性事情に学ぶ :日本経済新聞より抜粋、引用。かなり削っているので、詳細はリンク元を御覧ください)
とのこと。
福井モデルが理想になった経緯
福井県は05年、出生率が沖縄県に次いで全国2位となりました。その上、共働き率も全国1位。「日本一、女性の労働力化が進む県」なのです。福井の女性は働き者、さらに全国平均より多くの子供を産んでいる。というわけで「福井モデル」は、05年頃から「少子化対策の希望の星」になりました。
福井県では製造業が盛んで、女性も立派な労働力とみなされています。そのうえ三世代同居の世帯が多く、孫の面倒は祖父母がみてくれるので、母親は安心して働ける。
もちろん行政の育児支援も充実しています(3人目以降の子供については、子供が3歳になるまでの保育料、一時預かりや病児デイケアの利用料金が原則無料となるなど)。
一般的にはこれらの「子育てしやすい」環境を総合して「福井モデル」と呼ぶケースが多いようです。ただしそれは「産めよ増やせよ働けよ」的なスローガンを補強するものでもありました。
背景には「古き良きムラ社会」的価値観
日経の記事にもあるように、福井県には
■家事の負担、女性にしわ寄せも
「働いていないと周りから遊んでいるとみられる」。埼玉大の金井郁准教授いわく「専業主婦でいると福井では生きにくいという文化があるから、働く女性が多いのでは」…
(仕事も家庭も 福井の働く女性事情に学ぶ :日本経済新聞より抜粋、引用)
という側面もあります。
「祖父母に子育てをサポートしてもらい、行政サービスも利用しつつ、男女ともに正社員で働く」。そんな福井モデルの前提は「男女平等」というより、「母親が外で働くと同時に、家事育児もこなすのは当たり前」という考え方です。これは福井のほか富山、石川、新潟、鳥取など日本海側の、元農村地域でより深く浸透している価値観。いわば古き良き日本のムラ社会的な考え方です。
これらの地域では、女性の労働力がはじめから世帯収入として期待されています。福井には「働いていないと周りから遊んでいるとみられる」という女性が多いのも納得です。
高度成長期、そんな農村の「古い価値観」を嫌った次男や三男は、都会に出てきて核家族を作りました。妻は専業主婦となり、企業戦士の夫を支える。これが戦後の「新しい理想の家庭像」でした。
福井モデルはいわばその正反対ともいえます。ヨメが専業主婦なんてとんでもない、子供を産んでもすぐ職場復帰。三世代同居で両親には気を遣い、毎日へとへと。もちろん夫も働くけれど、家事育児はあまりしてくれません。
福井県の統計リポートでは、そんな同県の男性について次のように結論づけています。
「(福井県の)男性の家事時間は増加傾向にあるが、女性の家事時間はあまり減少していない。男性が、家事時間を増やしてもなかなか女性の負担の軽減にはつながっていない様子が伺える」
(ふくい統計リポート | 福井県ホームページより、「福井の有業者の生活時間の移り変わり」から引用)
幸福度日本一、仕事も家事も頑張って子だくさん。そんな福井のワーキングマザーは「明快でたくましい」ように見えて、やっぱり大変なのです。嫌な言い方ですが「産めよ増やせよ働けよ」を地で行くわけですから……日経新聞の記者は、こう締めくくります。
「福井の女性は忍耐強い」。こんな言葉を何度か聞いた。仕事に家庭にと頑張る女性に苦労もあるだろうが、当の女性たちは「恵まれていると思う」と肯定する人が多い。
私自身、母親が働くのが普通という価値観が市民権を得ている世間があることを知って心強く、「みんなで子育てする」という考え方に触れたことで子供を保育所へ預ける後ろめたさが和らいだ。
家庭と仕事。負担と喜びを家族や地域で分かち合い、経済を元気にする好循環につなげる。福井モデルが全国に示すヒントと教訓は大きい。
(仕事も家庭も 福井の働く女性事情に学ぶ :日本経済新聞より引用)
「福井モデルが全国に示す "ヒントと教訓"」としたあたり、慎重かつ巧妙な気がします。福井を「少子化克服、両立支援の成功例!」として賛美するのではなく、あくまで「女性の活躍のヒント」として紹介。当たり障りのない記事です。
が、背景には何となく「女性たちよ、福井を見習い、産めよ増やせよ働けよ」との主張も見え隠れします。
「両立支援=少子化対策」との信仰?
福井モデルがいまだに「少子化対策に有効」と持ち上げられたり、これからは女性活用のために「福井がお手本」などと言われると、モヤモヤとした違和感が残ります。
思い出すのは少し前に流行った、「スウェーデンでは女性の労働力率と出生率がともに高い。これからは北欧型の両立支援をお手本にしよう!」という議論(政治家のHPなどでもたまに見かけます)。歴史・文化などの事情が違うのに、ある特定のモデルを日本全体に当てはめることにどれほどの効果があるのかは分かりません。
もっと気になるのは、それらが全て「少子化に有効」「労働力の減少に有効」との理由で「仕事と家庭の両立」を喧伝(というよりもはや崇拝)している点です。子供をもたない人や働けない人はますます、肩身が狭い社会になりそうな気配を感じます。
正解はひとつではない
福井県も、最近では未婚率の上昇と少子化、労働力の減少に悩んでいるようです。礼賛された福井モデルも完璧ではないのでしょう。人口問題にはこれといった正解がないから難しいにも関わらず、「これからは◯◯がお手本」と、ひとつの国や地域を持ち上げるのは、ある意味「信仰」に近いのかもしれません。もっとも、そうした信仰がないと政策も進まないのかもしれませんが。
【北条かやプロフィール】
86年、石川県金沢市生まれ。「BLOGOS」はじめ複数のメディアに、社会系・経済系の記事を寄稿する。同志社大学社会学部を出たのち、京都大学大学院文学研究科修士課程修了。会社員を経て、14年2月、星海社新書より『キャバ嬢の社会学』刊行。
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