「誰にも相談できず、一人で出産する」母親を救うために、全国で広がる「妊娠SOS」ネットワークづくり

虐待死で最も多いのは0歳0ヶ月0日の赤ちゃん、背景に「望まない妊娠・出産」

「ひとりで悩んでいませんか?」「思いがけない妊娠でお悩みの方に~妊娠SOS~」。ショッピングセンターの女性トイレや、自治体の窓口に、こんな小さなカードが置いてあるのを見かけたことはないだろうか(写真)。

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(写真:各自治体が設置する「妊娠SOS」の連絡先を知らせるカード。ピンクや白を基調とし、他人に知られることなく持ち運べるサイズになっている)

いずれも各自治体が、思いがけない妊娠に悩む女性たちのために設けた相談窓口だ。近年、こうした「妊娠ホットライン」などを設置する自治体が増えている。背景には、妊産婦検診を一切受けずに産科へ駆け込む「飛び込み出産」の増加や、児童虐待への関心の高まりがある。虐待の死亡例のうち4割を占めるのは、「0歳児」だ[1]。中でも「0歳0ヶ月0日」の死亡が最も多い。思いがけない妊娠を受け入れられず、誰にも相談できないまま出産し、生まれたばかりの赤ちゃんを遺棄してしまう、などのケースが深刻化している。産まれた後の「子育て支援」も大切だが、出産前から「誰にも相談できない」と悩む女性たちを、なんとかして支えられないか。そんな機運が高まり、助産師や保健師が相談を受け付ける「妊娠SOS」を設置する自治体が増えているのだ。

 [1] 参照:厚労省資料「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第10次報告)

「妊娠SOS」の試みはまだ始まったばかりで、窓口と病院、行政、警察などとの連携が進んでいなかったり、相談後に「これでよかったのだろうか」と、頭を悩ませたりする相談員も多い。こうした現状から一歩前に踏み出そうと、日本財団が主催する全国妊娠相談SOSネットワーク会議が、2015年4月18日(土)、19日(日)に開かれた。ネットワーク会議の目的は、各相談窓口が専門家からの知識を学び、ノウハウを共有しあうというもの。初日に参加してきたので、その様子をレポートしたい。

赤ちゃんポスト”(こうのとりのゆりかご)の事例からみえたのは、「24時間体制」の大切さ、他機関との連携の重要性

会場には、北海道から沖縄まで、日々女性たちからの様々な相談に向き合う、助産師・保健師さんたちが集まった。開会前から、熱気に満ちている。

f:id:kaya8823:20150513184836j:plain(写真:当日の会場、開会前の様子)

 前半は、「赤ちゃんポスト」で全国区の知名度となった熊本県「慈恵病院」で、昨年度まで相談役を務めた田尻由貴子氏の講演。慈恵病院では、いわゆる「赤ちゃんポストこうのとりのゆりかご)」だけでなく、全国では珍しく24時間体制で相談を受付けている。相談はメール、電話、直接病院へ訪れるなどの形で行われ、匿名でもOKだ。

 慈恵病院に寄せられた相談件数は、2007年のスタート以来、501件から、13年度には1445件へと大幅に増えている。この間、慈恵病院のある熊本県や、熊本市への相談件数はほとんど増えていない。つまり「赤ちゃんポスト」のニュースが全国区となったことで、「慈恵病院にSOSを出せば何とかなるかもしれない」と感じた女性たちの相談が、全国から殺到している、ともいえる。データを見て、全国の窓口担当者たちは思わず息を呑んだ。

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(写真:元慈恵病院の田尻由貴子氏[左下]、講演の様子)

10代からの相談も2割、「破水しそう、外で出産した」など、命にかかわる相談には「警察」とも連携して取り組む

田尻氏は言う。 

「SOSを求める女性たちの世代をみると、20代が43%、30代が30%で、合わせて7割以上を占めています。一方で、15~20歳未満の少女たちからの相談も、2割いる。少女たちの中には『家族にバレたくないから』と、夜間に電話してくるケースも多いです。なるべく来所してもらうよう勧めていますが、相談は全国から来る。最も多いのは「関東」で29%です。「関西」も12%、大阪府からの相談が多いです。中部地方も9%。病院に来てもらいやすい、熊本県内からの相談は27%と3割に満たないなので、来所してもらうのはなかなか難しいですね。以前、『県名は明かせるけれど、どこの市かは言えない』という少女から、『たった今、夜の公園のトイレで出産した。どうすればいいか』という電話もありました。

 「妊娠SOS」に寄せられる相談は、必ずしもその自治体の内部からだけではない。24時間体制で受け付けている慈恵病院のように、全国津々浦々から相談が来るケースはまれだとしても、「身近な自治体の窓口だと周囲にバレるかもしれない」と、あえて遠方に相談する女性もいる。ネットで検索し、どこでもいいからとにかく話を聞いて欲しい、という女性もいる。

 田尻氏によると、「破水しそう、どうすればいいか」「陣痛が始まった」など、命に関わるSOSの場合、「最善の策」は警察に協力を仰ぐことだという。

警察の全国ネットワークは、どこの福祉窓口よりも進んでいます。匿名で『今、公園で産んだけれど、どうすればいいか、県名以外は言えない』というような相談でも、『◯◯県には~~に公園がある』という情報を網羅している警察なら、SOSを出した女性を見つけてくれる。こうして命が助かった例もあります」(元慈恵病院の田尻氏)

 できるだけ来所面談を!「動けない」女性には、こちらから出向く

「妊娠SOS」に連絡してくる女性は、思わぬ妊娠に戸惑い、誰にも相談できないという人が多い。いわば「最後の手段」として電話をかけてくるのである。そんな女性に対し、口頭で「市役所へ行けばこんな申請ができますので、そちらへどうぞ」とアドバイスするだけでは、根本的な解決は難しい。では、どうすればいいのか。田尻由貴子氏は、「できるだけ来所面談を勧めましょう」と説く。「動けない、行動するのが怖い」という女性に対しては、「迎えに行く、病院に同行する」など、こちらが積極的にサポートする心構えを見せる。その上で、何度も相談し、「協力を得られる人はいないか」など、詳しく状況をカウンセリングする。「産む・産めない」の選択をしてもらう。「産みたいけど、育てる自信がない」場合も、生活保護や、妊娠出産にともなう一時金、母子寮の存在などを教えてあげることで、「自分で育てよう」と前向きになる女性もいる。出産にともなって得られる行政の支援は、意外と沢山あるのだ。

 行政からの援助は、「知らないだけ」で意外と手厚い

次に、婦人保護施設「慈愛寮」の施設長を務める、細金和子氏によるレクチャー(「社会福祉講座」~予期しない妊娠で悩んでいる妊産婦が活用できる社会資源と窓口~)。筆者は細金氏の話を聞くまで、恥ずかしながら、経済的に苦しい妊産婦が活用できる制度といえば「生活保護」くらいしか知らなかった。筆者は細金氏のレクチャーを聞き、「一口に『産前産後の支援』といっても、本当に色々あるのだ」と、目からうろこが落ちる思いだった。

 事前に相談員たちから収集したアンケートでも、「制度などに対する知識不足」が課題だと回答した人が目立つ。知識不足とリソース不足からか、行政の窓口などに「相談者と同行している」団体は23%にすぎなかった。電話でカウンセリングするのが精一杯で、具体的な支援につなげるのが難しい実態も浮かび上がる。

細金氏は、資料を見ながら説明する。

 「周囲のサポートが得られず、経済的に苦しい妊産婦が活用できる制度としては、まず『生活保護』があります。相談員の方々は、ぜひ『生活保護は恥ずかしいものではない』ということを、声を大にして言ってあげて欲しい。生活保護は、アルバイト収入などがあっても、一部は受給することができるし、住宅扶助や医療扶助も受けられる。福祉事務所で医療券を発行してもらえば、医療機関で検診を受けることもできます」(細金和子氏)

 「一時扶助」の中には、新生児の衣料費や家具什器費、布団などを支給してもらえるケースもある。万が一、中絶する場合でも、生活保護費で対応できることもある。窓口は、市町村の福祉事務所だ。

 よく知られているように、生活保護の申請時には「扶養照会」といって、身近な親族に連絡がいくことがある。親族から暴力を受けているケースなどは、申し出れば「照会」をされずにすむケースもある。

 「たとえば、幼少期から、親に違法な風俗で働かされていた、という女性が妊娠して逃げてきたような場合は、親に連絡がいかないようにすることもできます」(細金氏)

 不安を抱える女性たちには、相談員が適切な知識をもって「安心してね」と言ってあげることが重要だ。それには、制度への豊富な知識が求められる。

 一時的な生活費の貸付や、働けない間の「シェルター」も利用できる

生活保護以外には、「生活福祉資金の貸付」という方法もある。働けるが、妊娠・出産期間に収入が激減するのを乗りきれるか不安、という女性には、「一時生活再建費(60万円)」や「緊急小口資金(10万円無利子)」などのほか、就業や住宅、教育、技能習得など様々な目的のための「貸付」が行われている。窓口は、区市町村の福祉協議会、または民生委員だ。福祉事務所へ行けば「女性福祉資金」「母子福祉資金」の貸付が得られるし、妊産婦検診の費用を、少ない自己負担で受けられる制度もある。ここには書ききれないほど、母子の健康を支える制度は沢山ある。妊産婦検診についても、何らかの事情で健康保険証が使えない女性(DVを受けている夫にバレたくない、在留資格がないので、そもそも健康保険証がないなど)でも、「無料低額診療券」を交付してもらえば、特定の病院で診察を受けられる制度がある。細金氏は続ける。 

「派遣・パートなどの方で、育休はあるけれども、その間は無給なので生活のめどが立たない、という女性には、一時的に『婦人保護施設』や『母子生活支援施設』に入るという手もあります。短期から中期間の利用ができる施設まで、区市町村の女性相談窓口へ行けば、グループホーム公営住宅を紹介してもらえることもあるんです」(細金氏)

 妊娠SOSの相談員たちが、こうした制度を知っていれば、一緒に窓口へ赴くこともできる。

「望まない妊娠」で悩んでいた女性たちも、産前産後を、暖かいサポートの中で守られて暮らすことで、心身ともに回復していくケースは多いという。新生児とともに、安らかに暮らした産前産後期間が「人生のターニングポイントになった」という母親もいる。

「誰にも相談できなかった、1人で産んだ」という理由から、商業施設のトイレや、児童養護施設の入り口に赤ちゃんを置き去りにする母親のニュースは後を絶たない。こうした事例の多くは、10代や20代で、誰にも言えずに自宅などで出産し、困り果てて、極端な手段に出てしまった女性たちだ。

 妊娠・出産をサポートする制度は、私たちが知らないだけで沢山ある。悩んだ女性が「妊娠SOS」の存在を知り、適切なサポートが受けることができていれば、置き去りにされた子供たちにも、違う未来があったかもしれない。

【北条かやプロフィール】

1986年、石川県金沢市生まれ。「BLOGOS」はじめ複数のメディアに、社会系・経済系の記事を寄稿する。同志社大学社会学部、京都大学大学院文学研究科修士課程修了。会社員を経て、14年2月『キャバ嬢の社会学』刊行。NHK「新世代が解く!ニッポンのジレンマ」、TOKYO MX「モーニングCROSS」などに出演する。15年5月26日、最新刊『整形した女は幸せになっているのか』発売。 

 

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