新しい生き方を目指す『ハウスワイフ2・0』の目新しくなさ

3月初旬の朝日新聞ハウスワイフ2・0(エミリーマッチャー著)なる新刊の広告を見つけました。

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「ハーバード卒→新しい主婦」とな…これは面白い、ブログに書こう、と思っていたら、すでに話題になっているようです…。

高学歴女子が新・専業主婦を目指す時代大野左紀子氏のブログ)

「会社にとらわれない」新しい専業主婦って何?

以下は、大野氏も引用されていたこの本の紹介文です。

「私たちは会社に使われない新しい生き方を求めている」

ハーバード、エールなど一流大学を出ていながら投資銀行、広告代理店、官庁などの職を捨て続々と主婦になるアメリカの若い世代。けれども彼女達は、これまでの主婦とはまったく違う。自分で生き方を選択するハウスワイフ2・0なのだ。すなわち

・会社を選択的に離脱する

・企業社会で燃え尽きた母親の世代を反面教師にする

・田舎生活を楽しみ、ジャムをつくり、編み物をする

・ストレスのある高報酬より、ほっとできる暮らしをする

・ウェブ、SNSを使いワークシェアを利用する

・ブログで発信し、起業する

・家事を夫と分担し余裕をもった子育てをする

(中略)ニューヨーク・タイムズ紙、ニューヨーカー誌は本書を絶賛。アメリカのメディアで大論争を呼んだ話題の書。(amazonより引用)

読んでいないので具体的な内容についての批評はできませんが、アメリカで話題と聞いて「え、何を今さら?」と思いました。アメリカでは高学歴女子が「丁寧な暮らしをする専業主婦」になりたがっているらしい、日本も今後、そうなっていくのでは!?フェミニズムへの反動かしらん!?……なんて騒ぐほどのことでもない、というか。

なぜなら、日本の高学歴女子は長いあいだ、「バリキャリ」というよりは(ハウスワイフ2・0で言われているような)豊かな専業主婦になっていくケースが多かったからです。

60年代の「元祖・高学歴女子」も専業主婦志向だった

日本で「専業主婦」が生まれたのは大正時代。「生活のために働かなくていい、家事すらお手伝いさんがやってくれる」専業主婦は特権階級でした。

高度成長期になってようやく日本が「総中流化」していく中で、サラリーマンである夫の安定雇用を前提とした「専業主婦」が大量に生まれたわけです*1

当時、女性の4年制大学進学率はわずか数%。多くの女性は高卒か、よくて短大、そして専業主婦へ…というのが一般的なライフコースでした。

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http://www.garbagenews.net/archives/1640997.htmlより画像転載、見やすくするため「男女計」の折れ線グラフを削除、黒い◯と説明文を追加。詳細はソースを御覧ください)

高度成長期にも、わずかながら、4年制大学を卒業した女子はいましたこれがいわゆる「元祖・高学歴女子」。彼女たちの中には大企業で働くようになった人もいましたが、多くは数年間働き、高収入の夫と結婚して「キミには家庭に入ってほしい」と言われ、豊かな専業主婦に…というパターンが多かったのです

もちろん、結婚後もお手伝いさんを雇うなどして元祖・スーパーキャリアウーマンになっていった女性もいました。が、全体から見れば外れ値と言っていいほどの少数派。それは日本企業があまりに男性社会であったために、志の高い高学歴女子社員を生かしきれなかったことの現れでしょう。

不本意に主婦となった「元祖・高学歴女子」もいたでしょうが、当時の女性たちにとって「幸せのひな形」は結婚と子供。高学歴女子たちも、何だかんだ言って結婚生活に幸せを感じていた側面は大きかったのではないか(あれ、この構造、今も変わってないんじゃ…?)

女子の大学進学率が上がっても、就労率は低いまま

ごく一部の高学歴女子はいたものの、多くは豊かな専業主婦になっていった高度成長期。それから少しずつ、女子は高学歴化していきました。「私は大学へ行けなかった」という母親たちが、娘にも息子と同様の期待をかけるようになったという背景もあるでしょう。

バブル期には女子の大学進学率が2割に届きそうになります。ちょうど86年には「男女雇用機会均等」ができ、一部の大卒女子は、男性と肩を並べて働く「総合職女子」になりました

ところが、そんな高学歴・総合職女子たちも、働いて数年すると、やっぱり仕事をやめて専業主婦になっていったのです林真理子氏は以前、『an-an』のエッセイで「バブル期、出版社には多くの総合職女子が入ってきたけれど、みんな辞めていった」というようなことを書いていました。

平成19年のデータを元にしたコチラの論文などでも指摘されているように、日本の女性の大学進学率はOECD諸国の中でもトップクラスなのに、大卒女性の就業率は7割にとどまっています。これはOECD諸国の平均を約12ポイント下回っており、日本で高学歴女性の「活用」が遅れていると批判される所以です。

日本にはいまだに、「学歴は高いけど、働いてない」女性が相当いるのですね。穿った見方をすれば、日本の大学は「よい就職先」へのステップであり、女子にとっての大学進学は「よい就職先で、よい男性と出会う」ためのステップとなっている、ともいえます。今も昔もこの構造は大きく変わっていません。

「数ある選択肢のひとつ」としての高学歴専業主婦

高学歴女子は、(高収入な)高学歴男子と結婚するケースが多い*2。そのうちの一部が「豊かな専業主婦」となっていくのは、珍しいことではありません。

仕事と家庭の両立負担が女性に重くのしかかる今の日本社会では、完璧な母親を目指そうとする「完璧主義な高学歴女子」ほど、両立に疲れ果て、結果的に専業主婦の「ゆとりある暮らし」を選ぶこともありえるからです。専業主婦だった自分の母親がそうしてくれたように[※ここ重要]、子どもの教育に専念することも可能ですしね。

もちろん、すべての高学歴女子は主婦になる!なんて言いたいわけではないです。ただ、女性の生き方が多様化し、専業主婦がひとつの選択肢に過ぎなくなったからこそ、あえてそれを選択する女性が出てきてもおかしくはない。あれ、このフレーズ『ハウスワイフ2.0』の解説文にもあったな。

「彼女たちは、自分で生き方を選択するハウスワイフ2・0なのだ」

高学歴・元キャリアウーマンの専業主婦たち。アメリカでは新しいのかもしれませんが*3、日本にいる自分からすれば、どこが新しいの?という気もします。ハーバードを出て、長く積んだキャリアをあっさり捨て、田舎暮らしを始め、自家製ジャムを作るような「高学歴ロハス主婦」は確かに先進的かもしれませんが。

そんなアメリカとは違って、日本では高学歴女子が豊かな専業主婦になるのはごく一般的なことだったし、今後も、この構造はあんまり変わらないのではないかなぁと思うのです

 

【追記】最近になって、バブル期入社の総合職女子たちが50代近くなり、ようやく企業のトップになり始めたというニュースもありますね。これがニュースになるまでに、どれだけ多くの「元総合職・高学歴専業主婦」が生み出されてきたかと思うと、目眩がしちゃいます。

金融業界、女性役員の登用進む 野村信託銀と大和証券で初の社長や取締役:朝日新聞デジタル

 

【北条かやプロフィール】

86年、石川県金沢市生まれ。「BLOGOS」はじめ複数のメディアに、社会系・経済系の記事を寄稿する。同志社大学社会学部を出たのち、京都大学大学院文学研究科修士課程修了。会社員を経て、14年2月、星海社新書より『キャバ嬢の社会学』刊行。

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*1:それは「賃労働からの開放」ではありましたが、同時に「私は夫と子供のお手伝いさんなの?」という主婦の実存的不安を帰結します。主婦たちの不満と向学心は、心理学者の小倉千加子氏がいう「主婦フェミニズム」へとつながっていきました。

*2:日本では、女性が自分より学歴の高い男性と結婚する「上方婚」か、同程度の学歴の男性と結婚する同類婚がほとんどだからです。

*3:寡聞にして存じませんが、アメリカでは女性の社会進出が日本よりも進んでいるようですね。ジェンダーギャップ指数をみると、日本が135カ国中、101位なのに対し、アメリカは22位(「共同参画」2013年 1月号 | 内閣府男女共同参画局)。だからこそ『ハウスワイフ2.0』の「やっぱ専業主婦だよね!」というメッセージが反響を呼んでいるのかなぁと思います。